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ヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』は、子供向きとは言い難いが、真夏の夜の悪夢くらいの感じかいな。 [つっこみ映画評]

アリス ALICE (1988) スイス、西ドイツ、イギリス 
監督・脚本・デザイン:ヤン・シュヴァンクマイエル
アニメーション:ベドジフ・ガラセル
出演:リスティーナ・コホウトヴァー

ヤン・シュヴァンクマイエルは、1934年チェコのプラハ生まれやから、もう70過ぎの爺さんや。この映画の製作当時で50代前半。3年がかりで作ったそーやから、おっちゃんとなんぼも変わらん歳でこの力業や。いや、もー頭が下がるな。それにしても凄いイマジネーションの持ち主やね。冒頭の水面に石の投げるシーンをはじめ、紅茶茶碗にも石を投げ入れとったし、何回も石を投げる(積み木を投げたりもしよるし、ガラスが割れるシーンもケッコーあったな)シーンがでてくるんやが、あれってなにかの象徴か?

こーゆー映画は、深読みしだすと霧のない摩周湖やが、あの涙の海(ゆーか水たまり)で溺れそーになるシーンで、おっちゃん唐突に『滂沱(ぼうだ)として涙が流れる』ゆー難しい言い回しを思い出したがな。涙の海はさぞかししょっぱいやろな。さらに、ねずみがトランク引っぱって泳いできて、女の子の頭の上でたき火し始めよるシーンでは、落語の『頭山(あたまやま)』を思い出した。そーゆーたら、『頭山』をネタにしたアニメーションを山村浩二ゆー日本人アニメ作家がつくって、第75回アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされたんを始め、そこら中のフェスティバルで賞もろとったな。

シュールリアリズムが一斉を風靡したんは第一次大戦後のヨーロッパやけど、20世紀の後半になっても、21世紀になっても、東欧の小国とジャパンのアニメ映画の中で、連綿とその末裔のような作品が作り続けられとるちゅーことやね。いや、シュールリアリズムの手法は、TVコマーシャルや広告ポスターでは、いまだにしょっちゅう試みられてるな。

この映画、エロ・グロ・ナンセンス度のエロ度はほとんどない。マニアックな映画なんやけど、ロリコン方面の人たちにはあんまり受けんやろ。ひたすら気色悪い攻撃で観客をげんなりさせるグロ度も大したことない。ナンセンス度はそーとー高いが、元々『不思議の国のアリス』そのものがナンセンス文学の極みやから、妥当なナンセンス度や。ただ、マッドハターとマーチヘアは出てくるが、おっちゃん大のご贔屓のチシャ猫が出てこんかった。それとハンプティ・ダンプティやドードーも出てこんのはちょっとさみしいな。

ホワイトラビットゆーキャラは、この映画の助演男優賞やってもエエくらいの名演なんやが、あのおなかの裂け目からおが屑まみれの懐中時計を取り出して舐めるシーンが何度もでてくるとこをみると、よっぽどあのシーンが気に入ってたんやろな。それと、靴下がイモムシ(ゆーか、もーちょい奇怪な宇宙生物みたいなガーデンイール風)になるゆーのは、アホらしーておもしろかった。

ヨーロッパのアンティーク風の文物は、総じて魅力的なんやけど、この映画でも、三角定規やらコンパスやら鍵やら骨格標本やら剥製やらガラス瓶やらインク壺やら、なにやらカニやらがイカにもタコにも古色蒼然の雰囲気を醸しだしてた。

ま、子供向きとは言い難いが、ファンタジー映画好きにとっては、夢でうなされるるほどのえげつなさはないんで、真夏の夜の悪夢くらいの感じかいな。。『悦楽共犯者』ゆー完璧に大人向けの作品もあるそーやけど、今度はそっち観てみたろかと、恐いもん見たさのおっちゃんは、触手を蠢かしてる今日この頃や。。。


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『アギーレ・神の怒り』は、ひとりずつ間引かれていく感じや。それが妙に恐いし、気色悪い。 [つっこみ映画評]

アギーレ・神の怒り Aguirre der Zorn Gottes (1972) 西ドイツ 
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演:クラウス・キンスキー、ヘレナ・ロホ、ルイ・グエッラ

クラウス・キンスキーの鬼気迫る目ェの演技と、歌舞伎の「見得」みたいに一瞬ストップモーション気味に動きが止まってから次の動作に移る、間(ま)の演技が凄かった。ゆーても、大見得切った後に『よ、キンさん!大統領!!』のかけ声が掛かるワケではないけど。。。それにしても、大した眼光やね。こんなオヤジに睨まれたら震え上がりそーや。

キンスキーの役は、アマゾン奥地黄金郷発見スペイン調査隊の分遣隊(本隊を率いてたんが、あのインカを滅亡に追いやったフランシス・ピサロや)の副官なんやが、分遣隊長であるフィーゴ似の貴族のおっさんは、愛人まで連れて来とった。キンさんの方も15歳になる娘を同道してるんやが、なんでこの当時の探検隊は、愛人やら娘まで連れてこんな辺鄙な秘境に出っ張っとったんやろ?とかすかな疑念が後頭部に浮かんだんやが、考えてみると、スペインから荒れ狂う大西洋の海原を渡って地球の裏側の南アメリカくんだりまで行こかゆー時点で、そーとーな覚悟がいったやろし、死なばもろとも、最愛の家族を国に置いて単身赴任するには、帰って来れる保証があまりのも少なさすぎたゆーことか。(オツムおかしなってからやけど、キンさん、自分の娘と結婚して夢の王国を作るんじゃ、ゆーとったな)ついて行ったおなごはんもエライわ。あの蒸し暑さの中で、コルセットつけて飾り襟つきのドレスまで着てるんやから。。。

この映画、初っぱなから、高所恐怖症気味のおっちゃんなんか、縮み上がり気味になっとったんやが、断崖絶壁の道を馬やらラバやら豚やらニワトリやら大砲やら車輪やら、輿(愛人やら娘やらが乗ってる)を運びながら歩いとるんやけど、茶色く濁った激流のアマゾン川の川岸に着いた所で、先に進めんようになってしもて、とりあえず分遣隊として40人を選抜して、筏で下って、近くにエルドラドがあるんかないんか調べて来んかいゆーことになったワケや。10日で帰って来れんかったら、死んだものと見なして引き上げる言われて出発したんやから、ほとんど成功の望みなきに等しい、今回のディスカバリー打ち上げとは比べもんにならんくらい無謀な計画やった。

ただ、この調査隊は、あくまでスペイン国王に任命された正式な探検隊なんで、隊長交代の手続きなんかもえらい厳格やった。しかし、目玉のキンさんは決して自分が隊長になろうとはしよらん。その割りに、やりたい放題しよるけど。。。このおっさんは、あくまで行けるとこまで突き進め、エルドラドで黄金に埋もれてウハウハ人生や派や。もう引き返そ派の隊長をピストルで撃ちよるし、川の渦に巻き込まれて立ち往生してしもた筏に向けて大砲ぶっ放すし、ちょっとでも足手まといになる奴は、あの世行きの片道切符や。

話はある種淡々と進んでいくんやが、隊員は次々殺されたり、病死したり、餓死したりしていく。地元民のインディオも全面戦争を仕掛けてくる風でもない。ひとりずつ間引かれていく感じや。それが妙に恐いし、気色悪い。エルドラド発見に取り憑かれた主人公の飽くなき野望の果てに、エルドラドがウエルカムゆーて待ちかまえてるとは到底思えんのやけど、撃ちてし止まんの突撃精神は一向にへこたれへん。ここらがわれわれ凡人と何事かなし遂げたろゆー野心満々の男との決定的なモチベーションの差ぁかも知れん。

後年、コッポラ監督の『地獄の黙示録』は、この映画を参考にしたんちゃうか?ゆー映画評がケッコーあるけど、おっちゃんも、観てる最中に似てると思たわ。『地獄の黙示録』の方は、なんちゅーても、ジャングルの中の大がかりなセットやら、爆撃シーンやらがてんこ盛りやったが、こっちはアマゾン川の上を流れ下る筏の上だけが舞台や。ただ、音もなく矢やら吹き矢やらが飛んできてぐさっと刺さったり、歩いてる途中にひょいと吊り上げられてしもたり、気ィ狂いそーなほど蒸し暑かったり、カラダのあらゆる部分を虫に刺されそーやったり、アマゾンとメコンデルタの違いはあっても、ジャングルの中での死と狂気の隣り合わせゆー設定はいっしょやった。

1時間半の短さなんやが、もうちょい長かった方がよかったよーに思う。唐突にいろんなエピソードが始まるから、前のシーンとの繋がりが分かりにくかった。だんだん狂気にはまっていく主人公のまわりで、為すすべもなく運命に身を委ねる娘や愛人やほかの隊員なんかの生き死にも、もう少し丁寧に描いたった方がもっとエエ映画になったんちゃうか?それにしても、この映画、きれいなおなごはんも出てるんやけど、色気は皆無やったな。


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『はなればなれに』は、遅くとも20代半ばあたりまでに観とかなアカンね。 [つっこみ映画評]

はなればなれに BANDE A PART (1964) フランス 
監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:アンナ・カリーナ、サミー・フレイ、クロード・ブラッスール

この映画、ゴダールの長編7作目らしいが、『勝手にしやがれ』の続編にして、『気狂いピエロ』のプロローグやとゴダール自身が位置づけてたらしい。2001年日本初公開やったゆーから、36年振りに日の目を見たワケや。長いことお蔵入りしとったんやね。ま、日本未公開の映画はぎょうさんあるから、映画配給会社に見る目ェがなかったんかもしれん。

「若気の至り」と評した映画評があった。おっちゃんも、そー思う。この映画は遅くとも20代半ばあたりまでに観なアカンね。おっちゃんみたいな初老の紳士(どこが紳士やねん?)が観ても、いまいち感情移入できんかった。若い衆の馬鹿騒ぎに眉を顰めるゆーやっちゃ。出来ることなら、肌に張りのある紅顔の美青年の頃に観たかったな。近頃では水気も脂っ気も(髪の毛ェも)抜けてしもて、カサカサ状態や。「感性ゼロや」とこきおろされるよーになってしもた。これも身から出た錆、寄る年波には勝てんゆーこっちゃろ。合掌

なんの話してたんやっけ?最近はどーも初っぱなから脱線してまうことが多なった。まだ観てない人のために、ちょこっと筋書いとこか。女ひとり(叔母さんちに住んでて、英語学校に通てるパリジェンヌや)と男2人、ひとりはアルチュール(ランボー?)ゆー名前で、ブ男系やけど天性の女たらしみたい(女たらしの才能のある男は何気なくカラダに触るのがうまい)で、もうひとりのガンバの宮本似の二枚目はフランツ(カフカ?)ゆー名前で、こっちはどっちかゆーとコケにされとる、との三角関係がベースで、その3人が無茶しよる映画や。終わり。

監督も無茶しよる。確かに、ゴダールにとって、アンナ・カリーナは創造の女神やった。この映画もアンナ・カリーナがおらんかったら、できてなかったやろ。『気狂いピエロ』のアンナ・カリーナもあどけなさが見え隠れするシーンがあったが、この映画のアンナ・カリーナは、あどけないなんどころやない。ゴダールのイマジネーションの中で創りあげた完全なる「若い女」やった。少女でもなければ、ましてロリータでもない。子供とは違う未成熟さ、奔放さ、しなやかさ、浮遊感、フェロモン、まさに若い女なんや。「キスはベロ絡ませてやるんや」ゆーてベロ出してキスされるのんを待ちかまえてたシーンなんか、おっちゃんに言わせたら、あの演出はあざとすぎるんちゃうか。

朝から晩まで生身の女やってるのは、いろいろ大変やろとおっちゃんも世の女性たちに同情するもんやが、映画のなかで自由奔放に弾けまくる若い女ゆーのんは、肉の重みがない分軽やかや。実際かなり華奢の体つきやけど。男を振り回すだけ振り回して、大抵破滅の淵に引きずり込みよるんやが、男の方でもそれを望んでるとしか思えん。現代の日本で、こーゆー若い女はどこにおるんかと愚考するに、ひょっとしてキャバクラとかにおるんかもしれんな。おっちゃん、残念ながら開店前のキャバクラに一回仕事の打ち合わせで行ったことがあるだけで、営業時間中に行ったことがないもんで、キャバクラ嬢の実態はよー知らんのやが。。。

しかし、アンナ・カリーナの顔は、何とも奇妙や。決してノーブルではない。どっちかゆーとファニーフェイス。目ェは大きいけど、いっつもアンニュイ感が漂うてるから、爽やかな印象はない。あの目ェで凝視められるのと、さとう珠緒ちゃんとどっちがゾクっと来るか?おっちゃんも若い頃ならアンナ・カリーナやったやろけど、今はおタマちゃんやな。もーアンニュイゆーてる歳やあらへん。

◆◆ネタバレ注意◆◆カフェにおる3人が「1分間黙ってよ」ゆーたら、突然音楽も周りの音もな〜んもせんよーになって、無音の状態が続くゆー演出も、映画館で観てたらかなりインパクトがあったやろな。30秒も経ったらお尻むずむずしてくるで。それと、ルーブル美術館の中を手ェ繋いで走り回るゆーのんも、アホが真似せーへんか心配や。

もうひとつ、印象的なシーンがカフェの席替えや。ふたりが横並びに座れる席とその向かいの席をぐるぐるポジションチェンジしよる。イカにも、ひとりの女を挟んでふたりの男が有利なポジション狙てるゆー関係性を雄弁に語ってたな。それから、これから叔母さんちに強盗に行こかゆー前に、アンナ・カリーナの履いてたストッキング脱がせて頭から被るシーンも、ストッキング・フェチの男が観たら、うらやましすぎて発狂するのんとちゃうやろか。。。◆解除◆

有名(?)なカフェのダンスシーンやけど、おっちゃんは、そんなに感心せんかった。あれやったら、『暗殺の森』のダンスシーンの方が格段に凄かったと思う。アンナ・カリーナの台詞で印象的やったんは、「結婚とは、自分の胸と脚を捧げること」。う〜ん、さもありなん。


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『キス・オブ・ザ・ドラゴン』は、『ニキータ』より強く、『レオン』より切ない、ゆーフレコミやったが。。。 [つっこみ映画評]

キス・オブ・ザ・ドラゴン kiss of the Dragon (2001) アメリカ 
監督:クリス・ナオン
出演:主演:ジェット・リー、ブリジット・フォンダ、チェッキー・カリョ

『ニキータ』より強く、『レオン』より切ない、ゆーフレコミやったが、それほどでもなかった。ジェット・リーゆー役者はかなり地味やけど、カンフーのキレは抜群やな。こーゆータイプは、教室ではあんまり目立たんけど、柔道の校内大会のときだけは、ちっこい体ででっかい奴をぼんぼんぶん投げて、強すぎて目立ちまくるゆー感じや。しかし、女子にはそんなにもてへん。なんとなく暗い感じがアカンのやろ。おっちゃんなんかも、若かりし頃は女子にもてんかったが、別に暗かったワケやない、ただ単にシャイなせいと女好きのせん容貌やっただけや。いまだに「渡世人には女はいらねぇ」の毎日やけど。。。

何の話やったっけ?しかし、なんでフランスの話やのに、英語喋ってるねんゆー不自然さがついてまわったな。ま、ジェット・リーが中国語と英語しか喋れんゆーのが裏事情やったとしても、フランス警察の刑事やら街のチンピラまでが流暢な英語喋りまくるゆーのんはどーしたもんか。『ラストサムライ』で当時の侍が英語ぺらぺらやゆーのんと同じや。

相手役のブリジット・フォンダは、アメリカ生まれの田舎もんゆー設定やったから、この二人の間では英語で意志が通じるゆーのはエエとして、ここは、『ターミナル』のトム・ハンクスみたいに、ジェットはんにまず言葉の障壁を乗り越え留努力をしてもらわなアカンのんちゃうか?そーゆー視点がまったく入ってないのんが物足りんと感じたんは、果たしておっちゃん一人やろか?

あの悪の権化みたいな警察官は、もっとフラン人ならではの底意地の悪〜い悪知恵働かさなアカンがな。部下を怒鳴り散らしてるばっかで、いっこも悪賢そーに見えんかった。あのおっさん、陸亀を引き出しで飼うとったが、あの亀ももーちょいうまいこと小道具として絡ませな、なんでここで亀やねん?の疑問がおっちゃんの脳裏に浮かんだがな。

こーゆー映画は、あんまりややこしこと言わんと、アクションシーンだけ鑑賞してたらエエのんかもしれんが、そもそも、なんであの中国人の麻薬のボスを中国から来た警官が殺したことにしたかったんや?フランス警察が女殺し屋使うて殺したことがバレたら、両国の友好関係にヒビが入るんか?中国の麻薬王がフランスになんの用があったんや?あの警察官のおっさんの部下ゆーか手下たちは、警官なんかそれともヤクザか?あの警察の空手道場のシーンで、空手の黒帯がそれにしてもぎょうさん出てきたけど、たった一人にやられるようでは有段者ちゃうやろ。しかも、やられてすぐ起きあがって来んなよ。

この映画はパリが舞台やから、一応観光名所も出てくる。特にセーヌ川のバトームーシュの中でのアクションシーンは、物珍しさも手伝っておもろい見せ物やった。ただ、この映画の直後に観たゴダールの『はなればなれに』では、なんとルーブルの中を男女3人が走りまわっとった。しかし、まあ、ルーブルの中でアクションシーン撮ってて、ミロのビーナス引き倒したり、跳び蹴りでモナリザぶち抜いたり(モナリザはんは防弾ガラスで仕切られとったな)したら、それこそ、国際問題やろ。

この映画ではワイヤーアクションは使うてなかったけど、おっちゃんとしたら、エッフェッル塔や凱旋門でワイヤーアクションやってくれた方がよかったよーな気もする。パリのチャイナタウンゆーのんは聞いたことがないけど、あるんかいな?パリの場末にある中華料理用エビせんの専門店ゆーのんも、ビックリ仰天や。そんな店絶対にないやろ。。。

◆◆ネタバレ注意◆◆「キス・オブ・ザ・ドラゴン」ゆータイトルだけ見たら、誰でもブルース・リーの『燃えよドラゴン』連想するんちゃうやろか。「キス・オブ・ザ・ドラゴン」ゆーたら「龍の口づけ」や。龍はやたらでかい(?)し、口くさそーやから、口づけどころかひと呑みにされてしまいそーやないか。こら、そーとー恐い武術の名前みたいや。ところが、どっこい「キス・オブ・ザ・ドラゴン」は鍼治療の名前やゆーのは笑えたけど、あのシーンは必殺仕掛人の藤枝梅安のパクリみたいや。同じ必殺の鍼治療やるんやったら、『マスク』みたいにCG使いまくって、目玉が3mくらい飛び出すとか、頭が爆発するとか、目ェや耳から滝の如く血ィが噴き出すとかして欲しかったな。最大の見せ場なんやが『レオン』の爆発シーンみたいな意外性とかスカッとするカタルシスがなかったんや。◆解除◆

ブリジット・フォンダが、ピーター・フォンダの娘で、ジェーンフォンダの姪で、ヘンリーフォンダの孫やゆーのは知ってたけど、この女優の出演作を観たんはこれが初めてやった。化粧落とすと結構普通の人っぽかったな。


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『ペーパームーン』は、話が行き当たりばったりにはならんから、観てて腹は立たんロードムービーや。 [つっこみ映画評]

ペーパームーン Paper Moon (1973) アメリカ 
監督: ピーター・ボグダノビッチ
出演:ライアン・オニール、テイタム・オニール

久方ぶりに『ペーパームーン』を観た。30年ぶりくらいか?この映画、元々戦前のトーキーみたいな感じになるよー当時ではもうほとんどなかったモノクロ・スタンダード画面にした〜るから、今観ても格別古なったゆー感じはあんまりせん。

かなり前に『都会のアリス』をけちょんけちょんにケナした時に、おっちゃん、ご贔屓の『レオン』と比較してたんやけど、同じ比較するんやったらこっちとせんかぁゆー意見もあった。確かにこの映画も中年の詐欺師のおっさんとちっこい女の子の道行きロードムービーなんやが、『都会のアリス』と違うて、話が行き当たりばったりにはならんから、観てて腹は立たん。

ま、よーできてる(何をエラそーに)。ただ、「9歳でここまで世間智に長けてるよーな、こんなませたガキはおらんやろ。」ゆーのんが正直な感想やった。しかし、近頃のガキなら、この程度の詐欺やったらお茶の子さいさいでこなしよるかも知れん。。。

この映画にしても、『レオン』にしても、主役は女の子の方やった。『レオン』はレオンが主役やろと言われるかも知れんが、あの話もよー考えると、レオンはマチルダの復讐計画に巻き込まれたゆーか、片棒担がされたゆーか、やたらマチルダが主導権を握ってレオンをリードしとった。この映画のアディゆー女の子も、詐欺の片棒担ぐゆーより、もっと積極的に悪事に参加してたな。詐欺力では、この子の方が一枚上手ゆー感じやった。

ところが、『都会のアリス』の場合は、あくまでにーちゃんが主役で女の子は脇役やった。あのにーちゃんが女の子をそこら中連れまわしとったんや。まぁ、そんなことはどーでもエエ。おっちゃん、あの映画より『レオン』の方がお気に入りやゆーだけのこっちゃ。

さて、この映画の話に戻ろ。1930年代のドルの値打ちはどの程度のもんやったんやろか?アディのお母ちゃんをひき殺した男の兄貴に示談にしたるゆーて金だまし取りにかかっとったが、結局200ドルで手ェ打って、その金で中古車買うとった。買うた車が200ドルやったとすると、(それまで乗ってたボロタン下取りに出してるやろから、250ドルくらいか?車の値段が現在の日本円で50万円くらいとしたら、1ドル2000円のレートになるな。とゆーことは、詐欺商法のネタに使てた8ドルの金文字名前入り聖書は16000円ゆーことや。ま、それくらいの金やったら、騙される善良な人も多かったかもしれん。。。それから、アフリカ系アメリカ人のメイドの子ォが自分の雇い主のおねーちゃんを「25ドル(5万円)やったら、道の真ん中でもパンツ脱ぐやろ」と酷評してたけど、ま、5万円なら妥当な相場か?そっち方面はおっちゃん盆暗やからよー知らんが。。。

この映画の舞台はアメリカ中西部のカンザス州ゆーこっちゃ。カンザス州とミズーリー州は隣合うてる。カンザスシティは、カンザス州側とミズーリー州側に川を挟んでまたがってて、どっちかゆーとミズーリ州側の方がぎょうさん人が住んでるゆーややこしい街や。それやったら、ミズーリーシティにせーよ、とおっちゃんは思た。ゆーても、グレートプレーンズ(大平原地帯)の真っ只中にあるから、ちょっと街を出ると、ホンマ見渡す限りなぁんにもあらへん。地平線だけや。その中を地の果てまで続く一本道が通ってる。山頭火の『まつすぐな道でさみしい』ゆーのんは、こんな道か?

ところで、詐欺ゆーたら、おっちゃん、この前ネット詐欺にあいかけた。Yahooオークションで、狙いのブツが1000円の差で落札できんかったんや。そしたら、次の日、こんなメールが来た。

初めまして!!
突然のメールですみませんが私yahooオークションID n1XXXXXXXこと●●堂 ●●と申します。
今回メールを差し上げたのは先日出品しておりました ●●●●●●の件で落札者が急遽
購入をキャンセルされてしまい予想外の事でしたので大変困っているところです。
再出品も考えたのですがせっかく入札して頂いたのでお譲りしたいと思い
この度、ご連絡を差し上げました。
そこで入札して頂いたブラット親爺様の¥00,000円でお譲りしたいと思いますのでご検討の上
お取引が可能のようでしたら件名を変えずに返信下さいますよう宜しくお願いいたします。

〒190-00XX
東京都●●市●町X-X-X
●●堂 ●●
080-XXXX-XXXX

念の入ったことに、商品の写真も貼付したーる。ええ?ホンマかいな?あれ欲しかったんや。しゃーけど、今他のんにも入札してるしな。。。おっちゃん、色と欲(色は関係ないけど)に、目ェ眩んで、すぐにお返事出したがな。。。

●●堂さま
現在別の●●●を入札中なのですが、そちらを希望価格で落札出来なかった場合、譲っていただきたいと思います。結果が分かったらご連絡しますので、しばらくお持ちいただけませんか。00日中にはっきりすると思いますが。。。

どや、上品な文面やろ。ところが返信してから、なんかおかしいんちゃうか?と思い出した。だいたい、Yahooオークションに登録してる返信用メールアドレスは、Yahooのフリーメールアドレスやのうてプロバイダーのメールアドレスやったはずや。しかるに、このメールの宛先は、おっちゃんのYahooIDのあとに、@yahoo.co.jpが付いたーるやないか。正規の出品者には入札者のメールアドレスも公開されてるらしいが、そのアドレスは、おっちゃんが登録した方のアドレスのはずや。

とゆーことは、正規の出品者からのメールやないことやないか。そこで、当該オークションの落札後の顛末(なんか、警察の調書みたいになってきたな)はどうなっ天然と、ちょっと調べてみた。ここで役にたったんが、マイオークションのウオッチリストや。これは、知ってる人は知ってるやろけど、知らん人は知らんやろ、自分が入札してたり気になってるオークションの進捗状況を逐次報告してくれるゆー便利な機能や。

普通は入札してたオークションが終了してしまうと、そのオークションの画面にはアクセスでけへん。しかし、ウオッチリストに入れとくと、終了してても「終了したオークション」ゆーとこにちゃんとリストアップされてるがな。おっちゃんも、自分が入札したオークションは一応ウオッチリストに入れるようにしてたんや。それで、その「終了したオークション」のリストから、出品者のページに行くと、出品者のYahooIDは、おっちゃんのとこに来たメールに書いたったyXXXXXX0000と全然ちゃうやないか。しかも、評価の項目を見ると、

評価: 非常に良い 出品者です。評価者は YYYYYY (127)
●●●●●●● (2005年 6月 0日 22時 2分)
落札者から「 非常に良い 出品者 」と評価されました。
コメント:本日無事に届きました。 敏速な対応で気持ちの良いお取り引きが出来感謝しております。
機会があればまたよろしくお願いいたします。 (2005年 6月 0日 20時 28分) (最新)

と書いたーるし、落札者のページの評価の項目には、

評価: 非常に良い 落札者です。評価者は ZZZZZZ(96)
●●●●●●● (2005年 6月 0日 22時 2分)
出品者から「 非常に良い 落札者 」と評価されました。
コメント:迅速な入金ありがとうございます。また機会がありましたら宜しく御願いします。 (2005年 6月 0日 20時 39分) (最新)

と書いたった。やっぱしな。これで、詐欺やゆーことは明々白々、まごうことなき白日の下に曝されたちゅーワケや。

ところで、終了済みオークションの画面に辿り着くもうひとつの手段があった。それは「オークション統計ページ(仮) http://www.aucfan.com/ 」ゆーサイトや。ここで、落札相場のラジオボタンにチェックして、オークションのタイトルを記入して、検索ボタン押すと、ずらっとオークションのタイトルが出てくる。落札価格と入札件数、終了日もちゃんと書いたーる。タイトルをクリックすると、そのページにジャンプできるゆーワケや。このサイト、ボランティアでやったはるんやろか?おっちゃん、頭下がるわ。

で、その詐欺男をおちょくったろかとも思たんやけど、実は何にもせんかった。触らぬ神にたたりなしや。ま、実害はなかったワケやし。。。

何の話してたんやっけ?そうそう『ペーパームーン』や。あの映画の『時そば』みたいな詐欺の手口、ぼーとしてたら、よー分からんかった。そこで再検証してみると、

まず、50セントくらいの安いもん(商品)を買うて、5ドル札を出す。釣りを受け取ってから、もう5ドル出して、「さっきの5ドルと合わせて10ドル札にしてくれ」ゆーんやけど、確かに客が立て込んでたりしたら、うっかり両替と勘違いしてしまいそうや。これって、結局9ドル50セントと商品を掠め取られたことになるんか。。。

テイタム・オニールは、この映画でアカデミー賞の助演女優賞を最年少でもろたそーやが、確かに大した名演技やった。その後、ジョン・マッケンローの嫁さんになってたらしいが、離婚してカムバックしたが、名子役は大成せんゆー格言(?)どおり、鳴かず飛ばすや。『バスキア』にちょい役で出てたらしいが、おっちゃん、気ィつかんかった。

お父ちゃんのライアン・オニールも『ある愛の詩』の他には、この映画と『バリー・リンドン』くらいしか代表作がない。ゆーても、『バリー・リンドン』はキューブリック監督の手柄やけど。。。


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『ルル・オン・ザ・ブリッジ』は、いっこも落ちんかった。フォークボールが落ちんときの野茂みたいや。 [つっこみ映画評]

ルル・オン・ザ・ブリッジ Lulu on the Bridge (1998) アメリカ 
監督:ポール・オースター
出演:ハーヴェイ・カイテル、ミラ・ソルヴィーノ、ウィリアム・デフォー、ジーナ・ガーション、マンディ・パティンキン

この映画、愚妻と一緒に観てたんやけど、途中で「なぁ。この映画、ちゃんとオチあるんやろな!」と念押しするもんやから、「心配せんでもエエ。最後になったら、ああ、なるへそ、そーゆーことやったんかぁ、ゆーエエオチがついた〜るんや。この前の『スモーク』もそーやったやろ。まかしとかんかぁ。くしゃみ3回ルル参上や。」と、おっちゃん太鼓判を押してたんやけど。。。

いっこも落ちんかった。フォークボールが落ちん最近の野茂みたいや。ヒネリが足らんゆーのんか、もともとこの監督、ヒネル気ィがなかったんか。あらんことか、この映画、エンディングに御法度ゆーか、禁じ手使いよったがな。。。

◆◆ネタバレ注意◆◆それにしても、『カリートの道』も、映画の冒頭で主人公が撃たれて救急車で病院に担ぎ込まれて、集中治療室に運ばれる数分の間に、これまでの人生のさまざまなシーンが走馬燈のように頭の中を巡ったゆー話やったが、この映画は、もうちょい手ェがこんでた。『シックス・センス』とエエ勝負やな。しかし、まだしもあの映画の場合は、オチのあとで、手練れの奇術師のトリックにひっかかったよーなうまいこと騙された感があった。こんなはっきりせん夢落ち映画に付き合わされたおっちゃん夫婦はエエ面の皮やった。

だいたい昨日は昼間甲子園で阪神VS日ハム戦を観に行ってたんやが、試合の始まる1分前に席について、まず腹ごしらえやと弁当食べてるうちに3点入れられ、ビールでも飲もか思てる間に4点入れられ、あっとゆー間に7対0や。下柳も昔おったチームが11連敗もしてたから恩返ししたろ思たんやろか、エライ大盤振る舞いやった。唯一赤星のホームランゆー珍しもん見せてもろただけで、その後も盛り下がる試合展開のまま帰ってきたんやが、夜のDVD鑑賞も盛り下がり大会の続きやった。

夜道でけつまずきそーになった男(死んでるんかどーかはっきりせんが、額にぽっかり穴が開いとったな)の側に転がってたバッグ(を盗んだんか拾たんかはっきりせん)の中にあった石ころ(暗すると妙な光放射しよるんやが、あれって、呪いとか魔法みたいなもんがかかってる賢者の石かなんかか?はっきりせん)を取り戻しに来た悪の一味(かどーはっきりせん)に捕まって、さっさと石の在処白状せーゆー尋問(されてるのかどーかはっきりせん)の間中、のらりくらりと言い逃れしとって、最後に窓から逃げ出したんやが、そのときすでに、石は。。。

と、まぁ、話は監督の意図通りにワケ分からん展開していくんやけど、そもそもこのおっさんとヒロイン女の子(どことなく宮沢りえに雰囲気が似てた)との出会いからして、なんでやねん?やった。いくら縁は異なもの味の素ゆーても、合理的な説明一切せんと、運命的に出会うてしもたんや、好きになってしもたもんはしゃーないやんかみたいな尻軽娘のお手軽恋愛話なストーリー展開はないやろ。今どきの若いもんは、友だち以上の付き合いに進むのんが難しいと何かで読んだ気ィがするが、どこぞの世界に、「一目会ったその日から、赤い糸で繋がれてたのね。わたしたち」みたいなはちゃめちゃなラブストーリーにマトモに付き合うお人好しがおるねん?

この映画みたいに、突然女の一人住まいの部屋訪ねて行っても門前払いされるのがオチやろ。いくら、サックス吹きとしてそこそこ有名やったとしても、普通は部屋に入れんやろ。しかも、会うたその日のベッドインは、いくらパワーストーンの不思議な導きやゆーても、そんなインチキ通信販売みたいな話、おっちゃん、信じられへんわと思いながら観てたんやけど、今になってみると、夢ゆーのんはなんでもありやから、たとえ悪夢でも、本人の都合よー事が運ぶのはしゃーない。人生は邯鄲の夢ゆーくらいやから、ま、「真夏の夜の夢」にはまだ早いが、梅雨の晴れ間の一夜の夢物語として負けといたろ。。。おっちゃんも大盤振る舞いや。◆解除◆


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『アメリカン・ヒストリーX』は、エンドロールの間、おっちゃん黙祷してた。 [つっこみ映画評]

アメリカン・ヒストリーX American History X (1998) アメリカ 
監督:トニー・ケイ
出演:エドワード・ノートン、エドワード・ファーロング、エリオット・グールド、ステイシー・キーチ、ビバリー・ダンジェロ

この前の『シティ・オブ・ゴッド』も強烈やったけど、これもキッツイわ。ちょっと唸ってまうな。エンドロールの間、おっちゃん黙祷してた。人種差別に真っ正面から取り組んだ映画ゆーのんは、エンディングが難しいなぁ。この映画も、映画会社とぶつかって、監督が編集を放り投げてしまいよったらしい。何となく尻切れトンボの印象があったんは、これが原因かもしれん。

主役のエドワード・ノートンはあまりにも存在感がありすぎて、圧倒されてしもた。30年前に『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロを観たとき以来や。こーゆーのを威嚇する肉体ゆーのんか。エドワード・ノートンは『レッド・ドラゴン』や『ファイト・クラブ』にも出てたんやが、どっちの映画にも、もうひとり強烈な曲者役者が出とったし、エドワード・ノートンの役はちょい脇役っぽかったんで、それほど強烈な印象がなかったんやけど、この映画ではバリバリ主役で、映画が始まった途端、えげつない首の骨折り殺人のシーンや。そら、ビックリ仰天するがな。

警官のお父ちゃんがアフリカ系アメリカ人に殺されたのをきっかけに、白人至上主義の極右組織ネオナチのメンバーになった兄弟が主人公なんやが、兄貴の方は昔は優しいお兄ちゃんやったんやが、カラダ鍛えてマッチョマンになって、コワモテのタトゥいれて、頭まるめて、全身警戒色の歩く凶器と化してしもとる。

一方、弟はえらい美少年なんやが、丸坊主でだぼだぼジーンズ、鼻ピアスや。この弟、兄貴をヒーローとして崇めとるんやけど、にーちゃんがネオナチ組織から脱会するゆーたら、割と素直に言うこと聞きよる。部屋中に飾ったったナチスの旗やらヒットラーの写真やらも、さっさと剥がしてしまいよった。えらいさっぱりしてんねんなぁと、おっちゃん思たで。でも、まぁこの年頃の子は、そんなもんかも知れん。

◆◆ネタバレ注意◆◆ この兄貴、立派な第1級殺人犯なんやけど、相手が銃持っとったんで正当防衛を認められたんやろ、3年の刑になった。ムショの中で、そら筆舌に尽くしがたい辛酸をなめるんやが、アメリカの刑務所ゆーとこは、そーとーキツイとこやね。「ここではお前がニガーなんや」とアフリカ系アメリカ人のにーちゃんから言われとったが、確かに、娑婆の人種的力関係は、ムショの中では通用せんのやろ。

このアフリカ系のにーちゃんと次第に心を通わせていくシーンはケッコーほのぼのしてた。このにーちゃんのおかげで、アフリカ系グループからのリンチに会わずに済んだんやが、出所するときに、このにーちゃんから「もうブラザーを殺すなよ」と念押されとった。ところが、出所後堅気の暮らしを始めよと思う間もなく、終末が訪れるゆーのんは、あんまりやないかとおっちゃんも、ちょっと悲憤慷慨したで。もうちょい出所後の悪戦苦闘エピソードあってもよかったんちゃうか。。。◆解除◆

アメリカでは、なんちゅーてもアフリカ系が人種差別主義者の最大のターゲットやけど、アジア系も、ヒスパニック系も、アラブ系もターゲットになっとる。『クレイジー・イン・アラバマ 』でも書いたたけど、南部は日本人がイメージしてるアメリカとはちゃうらしい。特に田舎はコワい。心優しい人も多少は住んどるやろけど、どーショーもない人種差別主義者もようけおる。日本人も間違いなく憎悪のターゲットや。憎悪が憎悪を生み、復讐が復讐を生む。この繰り返しは歴史上枚挙に暇がない。

日本でここまで強烈な人種差別話を映画にしたら、各方面から非難囂々になるんちゃうか。しかし、そんな映画はたぶん作れんやろ。日本の社会に差別の歴史的事実を隠蔽したがる傾向があるから、触らぬ神にたたりなしや。


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『シティ・オブ・ゴッド』は、あくまでドンパチシーンに特化してた。これもひとつの見識かもしれん。 [つっこみ映画評]

シティ・オブ・ゴッド CIDADE DE DEUS (2002) ブラジル 
監督:フェルナンド・メイレレス
出演:アレクサンドル・ロドリゲス、レアンドロ・フィルミノ・ダ・オラ、セウ・ジョルジ、アリス・ブラガ

ブラジル版『仁義なき戦い・悪ガキ編』ゆーとこか。全編ドンパチばっかし。それにしてもビックリ仰天。この映画は実話に基づいてるらしい。リオデジャネイロのはずれに国が作ったスラム街「神の街」で、1960年代から70年代にかけて、貧困と不正と麻薬と銃と性欲とラテン文化の光と影をごっちゃまぜにしてぶちまけたら、こんな悪ガキどもが出来てしもたゆー感じや。

戦後のどさくさの時代には、日本でも浮浪児がかっぱらいや恐喝なんかの犯罪を起こして、それをきっかけに悪名高い少年法が出来たらしいが、この当時の神の街では、そんな生やさしいもんやない。ドンドンパチパチ、日常茶飯事的に殺しが横行しとる。

ちょいまともなんは、報道カメラマン志望のブスカペ少年くらいや。この子の目を通して、街を牛耳ったギャンググループの一方のボス、リトル・ゼの成り上がりと破滅を描いてある。映画は、まず3人の悪ガキが起こしたモーテル襲撃から始まって、その時に見張り役をさせられとった、10才ぐらいのリトル・ダイス(のちに妙なイニシエーションを受けてリトル・ゼと改名しよる)とそいつのダチのベネとの無頼渡世がメインストリームになってる。

このリトル・ゼゆーガキはホンマもんの悪ガキで、殺人に対する心理的ブレーキがまったくきかんタイプや。いくら、こら演技やと自分にいい聞かしてても、年端もいかん子供が嬉々として銃をぶっ放しよるシーンは直視できんものがあった。

◆◆ネタバレ注意◆◆常に後から来る方がよりエスカレートするとゆー歴史の真実が、この映画にもあって、殺しに良心の呵責をまったく感じんリトル・ゼ2世みたいなアンファン・テリブルが、後から後からどんどん出てきよる。なんとも衝撃的なんが、リトル・ゼが捕まえたふたりの子供に、撃たれるのやったら手と足のどっちを撃たれたいんやと究極の選択を迫り、手ェと答えた子供の足を撃ち抜き、しかも、別の子供にふたりのうちのどっちかを撃ち殺せゆーもっとひどい究極の選択を迫りよるとこや。何ともイヤなもんを見せられてしもた。◆解除◆

そんなちびっ子ギャング(ゆーかいらしいTV映画があったな)も巻き込んで、対立するグループが街を2分して抗争を繰り広げるのやが、そこに銃の密売屋とか、悪徳警官とか、汚いまねさらす大人がかかわって、最後の出入りのシーンまでなだれ込んでいく。スピード感のあるカメラワークとえらい凝った編集で、画面から目が離せんよーに作った〜る。

この監督は、当時の神の街を忠実に再現しようとしたワケやない。実状はもっとえげつない修羅場が一杯あったやろ。この映画では、リンチやレイプのバイオレンスシーンは極力少なしてある。あくまでドンパチシーンに特化してた。これもひとつの見識かもしれん。


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『フィッツカラルド』の主役、クラウス・キンスキーは別格や。ものが違う。 [つっこみ映画評]

フィッツカラルド Fitzcarraldo (1982) 西ドイツ 
監督:ウェルナー・ヘルツォーク
出演:クラウス・キンスキー、クラウディア・カルディナーレ

エライもんにぶち当たってしもた。こーゆー常軌を逸した話は、おっちゃん大好きなんや。それにしても、この映画の主人公をやってるクラウス・キンスキーは型破りゆーか、奇才ゆーか、破天荒ゆーか、奇天レッツのパッパな個性やね。おっちゃん、ジャック・ニコルソンをはじめ、ゲーリー・オールドマンやら、テレンス・スタンプやら、ショーン・ペンやら、ジョニー・デップなんかの曲者役者がご贔屓なんやけど、このおっさんは別格や。ものが違う。

アマゾンの奥地で船(ボートとかカヌーとちゃうよ、ディーゼルエンジンつきの立派な汽船や)の山越えを敢行しよるんやが、なんちゅーても、その無謀としか思えん「先住民多くして船山に登る大作戦」を実物大の船を使て実写で撮影したウェルナー・ヘルツォークゆー監督のこだわりも半端やない。

観てない人のために、ちょっと解説しとくと、南米アマゾンの都市マナウス(この街ですらアマゾンの河口から1400キロも上流や)に「アマゾナス劇場」ゆーオペラハウスがある。この劇場は19世紀末に天然ゴムで巨万の富を得た出稼ぎヨーロッパ人の農園主たちが費用を出して建てたもんらしいが、今見てもなかなか凝った内装や(ゆーてもおっちゃん写真見ただけやけど)。ところが、この映画の主人公は、さらに奥地にもう一軒オペラハウスを建てるのが夢やった。

何しろ、このオペラハウスでやってるエンリコ・カルーソーのオペラ観よと思て、何日も前に家出て、はるばる駆けつけた(漕ぎつけた)時には、ほとんど終わりかけとったくらいで、えらい奥地に住んどるんや。そんな地の果てにオペラハウス建てるためには、まず先立つもんが必要や。当時は天然ゴムが一攫千金の打ち出の小槌やったんやが、近場の土地はすでに買い占められとった。そこで、アマゾン川のボンゴの瀬(黒部川の上の廊下をスケールアップした感じかいな)ゆー難所の上流の未開地に目ェつけよった。ここは天然のゴムの木ィがぎょうさん生えてるらしいが、ボンゴの瀬が邪魔してて、せっかく穫ったゴムを船で下流に運ばれへんので、誰も手ェを出してなかったんや。

この男、以前に手がけた鉄道事業が頓挫して破産してて、今は製氷業を細々とやっとる。それでも、窮すれば通ずゆーのんか、男の一念山をも越えるゆーのんか、惚れた弱みゆーのんか、売春宿の女主人やってる愛人からなけなしの金借りて、その土地の権利とおんぼろ汽船買い取って、奥地の開発に着手しよる。ここからは、ほとんどプロジェクトXの再現フィルムみたいな感じやった。

上流の土地に行くには2つのルートがあった。この男の住んどる町の少し下流で二股になって川が合流してるのやが、一方の川の上流には誰も寄せつけんボンゴの瀬がある。きっとこのおっさんも、その瀬の下まで船で行って、そこから高巻きルート見つけるのやろと思てたら、もう1本の川の上流に向けて進んで行きよる。「そっちとちゃうやろ」、「そっちのみーずはにーがいぞー」と誰もゆーてないけど、ずんずん川を遡って行くんや。

この川の上流には首狩り族が住んどる。これまでも何人もの探検家が干し柿ちゃうちゃう干し首にされとるんや。普通は干し首ぶーらぶらのカットを挿入しそーなもんやけど、この映画は先を急がなアカンから、そんな胡乱なシーンはカットしたった。ところで、干し首は『ハリポタ』にもでてくるけど、ソフトボール大の大きさや。どーやったら、人間の頭部があんなにちっこなんねん?おっちゃん、ガキの頃に、少年雑誌でその写真見て、夜うなされたわ。

この船には、酔いどれのコックのおっさんとその助手やゆー2人のおねーちゃんが乗り込んどった。むさい男所帯に若い女がまじったらややこしなるのは火ィ見るより明らかや。すぐに女の取り合いですったもんだし始めよる。普通はもーちょいここらのエピソードを描きそーなもんやけど、この映画は先を急がなアカンから、そんな胡乱なシーンは思いっきり端折ったった。男2人と女2人に「さっさと船から下りんかい」ゆーて、とある村でほっぽり出しよる。こんな辺鄙なとこで「タクシー呼んでくれ」ゆーても、来んで。

さらに、川岸まで迫ってるジャングルの奥から不気味に轟くドラムの音の中を船がしずしずと進んで行くんやけど、このおっさん、ドラムに対抗して、オペラのレコード大音響で鳴らしよるんや。ゆーても、この前、奈良で捕まった「引っ越せおばはん」のラジカセほどの大音響でなはない。この時代の蓄音機にはアンプなんかついてないからな。ま、それでも、鳴り物入りやから野球かサッカーの応援合戦みたいな感じやった。(ちゃうかも。。。)

「うしろ見てみ」言われて振り返ったら、川面にぎょうさんのカヌーが浮かんどる。いよいよ首狩り族の襲来か思て、おっちゃんまで首すくめたら、あにはからんや姉はらまんや、なんか様子がおかしい。「よー来はったなぁ」ゆーほどでもないが、「何しに来たんじゃ」でもない。何となくクリスタルちゃぅ何となく曖昧な雰囲気や。船に乗り移った先住民は、主人公と西洋式の握手するワケやないんやけど、手ェにちょこんと触っていきよる。言葉も多少は通じるみたいで、何となく殺される心配はなさそーや。

さて、どーやって丸め込んだんか知らんが、先住民の全面的バックアップを得られることになって、(どーも、ノーギャラのボランティアみたいやった。ここで思い出したんやが、昨日TVで見てて、頭に来た事件がひとつある。なんと『募金』の詐欺や。しかも、日当貰うて街頭で募金集めして、詐欺師の片棒担ぎしとった学生がぎょうさんおったゆー話や。世も末やね。お前らには良心ゆーもんがないんか?)

閑話休題、なんと驚いたことに、2つの川が接近してるところに仕切り板みたいに立ちはだかってる山(ゆーか丘)の急な斜面を人海戦術で船引っ張り上げるゆーんや。しかも、たまげたことに、そのシーンを実写で撮影したんや。これ、ドキュメンタリー映画かいな?

◆◆ネタバレ注意◆◆ここから先は、この映画を観よ思てる人は飛ばしてちょーだい。なんとか一山越えて、もう1本の川に船が浮かんだときは、おっちゃん思わず万歳三唱してしもた。さぁ、そこから話は急展開やのうて、急流下りや。先住民のリーダー格の男が、夜陰に紛れて船の舫ロープ切ってしまいよる。船はゆっくり流れに乗って川を下り始める。しかし、みんな前夜の大盛り上がり大会の酒で、文字通り白河夜船状態やから、気ィつかん。ついに、ボンゴに瀬に差し掛かって、船はあっちこっちぶつかって沈没寸前や。

このシーンは、どーもミニチュアの船使てたんちゃうか?迫力不足は否めんな。せっかく山越えさせた船やけど、ここでバラバラになってしもたら、ラストのカンドー的なシーンの撮影ができんようになるしなぁ。ここは模型で茶ァ濁しとこかと監督が考えたとしても文句ゆー筋合いはない。そら、しゃーなかったんちゃうかと、おっちゃん、見終わってから一応納得したわ。

無事に瀬を乗り切って街に辿り着いたけど、計画としては失敗やった。しかし、このおっさん、転んでもタダでは起きん。元の持ち主に船売った金で、一世一代の大盤振る舞いしよった。あのラストは拍手喝采ゆー感じやった。◆解除◆

主人公の最大の理解者である売春宿の女主人役で、クラウディア・カルディナーレが出てた。若い頃の彼女もよかったけど、中年の彼女もエエ感じやね。この映画の頃で42〜3か。熟女フェロモンぷんぷんやけど、決して猥雑な感じはせん。それにしても、あの熱帯特有の蒸し暑さの中で、コルセットで体締めつけてたら、アセモだらけになると思うで。

主人公も白の麻っぽいスーツにネクタイ、帽子の正装や。着替え何枚も持って来てる風でもなかったから、そら、汗臭いんちゃうか。水浴びしよ思て川に飛び込んだらピラニアに大事なとこ噛みつかれるかも知れんしな。。。なんせアマゾンなんやから。そうそう、このクラウス・キンスキーゆー怪優、あのナスターシャ・キンスキーのお父ちゃんなんや。そーゆーたら、エキセントリックな光を宿す眼元なんかよー似てるわ。

ま、この映画はヨーロッパ人の南米での悪行を描いたろと思て映画撮ってたワケやないから、アマゾンの自然破壊に対する糾弾とか、先住民への搾取とかの視点はすっぽり抜けてる。ひたすら男の狂気染みた夢とロマンの映画やった。


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『妹の恋人』は、ま、罪がのうてよかったんちゃうか。 。。 [つっこみ映画評]

妹の恋人 BENNY & JOON(1993) アメリカ 
監督:ジェレマイア・S・チェチック
出演:エイダン・クイン、メアリー・スチュアート・マスターソン、ジョニー・デップ、ジュリアン・ムーア

とうとうジョニー・デップとジュリアン・ムーアが共演してる映画にぶち当たってしもた。おっちゃん、ふたりとも、めちゃ贔屓にも貶しもしてへんつもりやったんやが、冷静に考えたら、ジョニー・デップは『ラスベガスをやっつけろ』の、はちゃめちゃジャンキーぶりに大ブーイングやったし、ジュリアン・ムーアは『ハンニバル』で、ジュディ・フォスターみたいなオーラがないゆーてケチつけた記憶がある。ま、この映画では、別々にでてくるだけやから、共演ゆーても夫婦や恋人役やない。

『妹の恋人』ゆー邦題で刷り込みされやすい先入観としては、薄倖の兄妹ものゆーか、テッキリ幼いときに両親が他界してふたりっきりになってしもた兄妹の兄貴ゆーのんが、今日はラスベガス、明日はシカゴと、アメリカ大陸を東に西に、旅から旅の渡り鳥のような旅人のギャンブラー渡世で、気ままなその日暮らしを送ってるそんな兄貴を堅気の妹は、まるで恋人のように慕うてて、必死になって地道な暮らしのよさに目覚めさせよーとするんやが、腐りきった性根入れ直すことは、並大抵のことではでけへん。すったもんだの末、最後はちょっとした運命のいたずらで、ヤクザな兄貴が妹の恋人の警官を撃ち殺してしまいよるみたいなトラジェディーちゃうかと思とったんやが、どーも全然そーやなかった。そらそーや。

この映画の兄貴は真面目一方の自動車修理工で、妹は売れない画家みたいなんやが、ちょい精神を病んでるみたいや。その妹の恋人になるのんがジョニー・デップで、いつものよーに鳩豆顔で出てきよった。この男は、キートンやチャップリンなんかの無声映画系のコメディが大好きで、それだけやのうて、チャップリンのパンのタップダンスやら、大道芸風パフォーマンスも器用にマネしよる。しかし、このにーちゃんも発達性識字障害ゆーのんがあるよーや。

ところで、ジュリアン・ムーアは、食堂のウエイトレス役なんやが、兄貴の方とちょいエエ仲になりかけとる。なかなか、かいらしいストーリーで、登場人物も、この前の『ビッグ・リボウスキ』みたいな、人生をなめきっとるよーな胡乱な奴はひとりも出てこん。ただ、自動車修理工にしては、このにーちゃん、エエ家に住んどった。両親が事故で死んで保険金が入ったんかも知れんが、そんなことを気にする自分がイヤになる。他人の懐具合とか景気のよさにいちいち反応してもしゃーないとは思うんやが、ついつい下見たり上見たりして、喜んだりころこんだりするのんも、煩悩のなせるワザや。

映画の話に戻ると、毎週仲間同士でポーカーしに仲間の家に集まりよるんやが、チップの代わりに使いかけの石けんとかシュノーケルとかを賭けよる。賭けるもんがなくなったんで、なんと、その家に居候してるジョニー・デップまで賭けられてしもた。負けた方が引き取って面倒みるゆーマイナスのチップやった。

この映画観てて気ィついたんやが、この頃のジョニー・デップは KinKi Kidsのロン毛のおにーちゃんにちょっと似てるな。ジュリアン・ムーアはオセロの白い方に横顔がヶッコー似てる。日本人のなかには、あらゆる民族の顔の特長を持った人がおるらしいが、そーゆーとそんな気がする。おっちゃんの知ってた女の子なんか、なんとジョン・レノンにそっくりやった。

ほのぼのした話やから、障害者とそれを取り巻く社会の壁みたいなシリアスな展開にはならへん。壁は壁でも宙づりの壁や。ま、罪がのうてよかったんちゃうか。 。。


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